食べ物は最終的に”ナニ”になる? 汚い? それとも”宝物”!?

現代人が水に流して忘れ去った”汚物”の奥深さ

 生物は生命維持のため、外部から毎日栄養を摂取し続ける必要があります。それらは消化器官によって消化吸収され、最終的に腸内細菌やその死骸、微生物などをひとまとめにして外部へ排出します。

 さて、みなさんはそれを大切に保管するでしょうか? 後生大事にとっておいていざという時のために溜め込んでおこうなんて考えるでしょうか? ――するわけがありませんよね。だいたいの方は『レバーを回して”はい、さようなら”』です。

 すこし古い時代の汲取式トイレ、いわゆる『ボットン便所』もまだ現役ではありますがすっかり見なくなりました。時代の流れによって、わたしたちは『汚物』に触れること無く別れを告げられるようになったわけです。

 しかし、わたしたちが普段目に留めることもしないソレは、ほんの少し時代を遡るとまるで『宝物』のようにもてはやされていた時代があったというのを、みなさんご存知でしょうか? 今回はそれら『ウンコ』にまつわるお話をしたいと思います。

時代の流れによって変化していった日本の”ウンコ観”を紐解く

 子どものころ、お絵かきの時間に『ウンコ』を描いた方はたくさんいると思います。ウンコには子どもにとって不思議な魅力があるようで、たとえば『うんこドリル』シリーズは長らく子どもたちの笑顔と知識を育んできました。わたしも子ども時代によくウンコの絵を描いていましたが、なぜかその形はとぐろ状にうずまいたあの形なのですよね。一節によれば鎌倉時代に描かれた『餓鬼草紙』のウンコが起源とも言われているようです。

 なお、文字コードである『Unicode』には『うんち(💩)』があります。なかなかコミカルな見た目ですね。これはかわいい、まさしく宝物です――冗談はさておき、わたしたち人間にとって『ウンコ』とはどのようなものだったのか? 著書の内容からたどってまいりましょう。

ウンコとはなにか

 ここでひとつ問いかけをしてみると、ウンコは果たして『汚い』のでしょうか? それとも『汚くない』のでしょうか? ――すこし考えてみてください。

 おそらくほとんどの方が「汚い」と答えるでしょう。うんこを題材にしたある著書では、これと同じ質問を農業環境関連の高校に通う生徒にした時の答えとして、次のような理由がありました。

・先入観が強すぎて「汚くない」とは思い難い
・汚い物だと習ったから
・菌が多くて臭いから
・衛生的によくないから
・自分の体に不必要なものを集めたものだから

 ――おそらくみなさんも同じ思いを抱くことでしょう。しかし、生徒のなかにはこれらの理由で「汚くない」と答えた方がいます。

・ウンコとは、食べ物が消化されて体外に出る時の姿
・もともと食べ物だから
・草食動物のウンコは有益だから
・普段ソレを掃除したり肥料にしたりして利用し、それを食べているから
・汚いという概念自体が、人間が生み出した考えにすぎないから

 最後のはなかなか哲学的な返答ですが、どうやらおおむね『なんらかの形で利用している・関係している』といった意味合いから「汚くない」という回答をする場合が多いようです。ウンコが身近にある場合、それを汚いと思い難いようですね。心理学的にもそういった親近感が相手や物に良い印象を与える場合がありますが、はたしてこれがウンコに通用するのかどうかはわかりません。

 とはいえ、身近に存在すると汚いと言い切れないということが、昔の日本の姿を如実にあらわしているのかもしれません。現代でこそウンコを水に流す習慣がある日本人ですが、ちょっと時代を遡れば、ウンコはたちまち『隣人』だった時代に辿れるのですから。

ウンコは貴重な肥料だった 江戸時代のウンコ商売

YouTubeチャンネル、HamamatsuChannel:投稿動画より

 上記の映像は浜松市の公式チャンネル『HamamatsuChannel』から投稿されている動画です。昭和43年当時、し尿(ウンコ)を『下肥(しもごえ)』として利用する映像が存在しており「ほんの数十年くらい前は農家がし尿を買っていた」ということも明らかになっています。

 ウンコが最近まで『商品』だったというのですから驚きです。

 江戸時代における日本は、まさにウンコを貴重な資源として利用していた記述がたくさん存在します。著書では『寛延1748~1751』年間のウンコに関する市場規模を推計し、なんと現代の価値で8~11億円規模の市場が存在したとしています。

 ちなみに、これをウンコの量に換算すると『25メートルプール約560杯分』です。飛び込みたいですか?

 ウンコを買い取るのは『下掃除しもそうじ』とよばれる百姓たちです。それぞれの家と契約を結び、金銭や野菜、漬物などの物々交換でウンコを買い取っていました。

 しかも、村単位で組合を組織し、下掃除の議定書を取り合わすなどの本格的な規模です。いかにウンコが貴重な存在だったかがわかります。

ウンコは宝物 だけど匂いは……

 江戸時代は上記のような規模でウンコが利用されていました。田畑ではウンコが肥料として撒かれていたのですが、ウンコ肥料の作り方は非常にシンプルで『ウンコとおしっこを水で薄めて腐らせる』だけです。穴に溜め込んだそれを桶に移し、そのまま畑に巻きます。ですから肥料を撒く時期の畑は凄まじい悪臭が漂っていたことでしょう。その証拠に、日本に訪れた宣教師、医師、駐日大使などの様々な外国人の手記が紹介されています。

何が不愉快だといって、肥料が施されたばかりの畑地の悪臭、絶えず畑に運んで行くために溜めておく下肥、とりわけ村の中の家々のそばにおいてある下肥の山や肥料の悪臭ほど不愉快なものは他にない。

湯澤規子氏著作『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか ――人糞地理学ことはじめ』より

日本の神は”ウンコ”から生まれている

 日本最古の歴史書とされる『古事記』では、糞尿や吐瀉物から神々が誕生したと記されています。日本人が昔からウンコを神聖視していたと受け取ることもできますが、同時にウンコを穢れとする描写もあります。『スサノオノミコト』が『オオゲツヒメノカミ』に食料を乞うた時、鼻と口と尻から美味いものを出したとされ、それをみたスサノオノミコトはそれを「穢れている!」としてオオゲツヒメノカミを殺してしまいました。

 生命の循環として肥料にもなる一面、様々な雑菌が入り乱れ病気のもととなる一面。ウンコは宝物と穢れという2面性があり、人類の歴史上どうウンコと向き合い利用してきたのかで、人類の衛生意識が把握できるのかもしれませんね。

 これらの内容は『湯澤規子』氏著作『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか ――人糞地理学ことはじめ』により詳しく記されています。文学博士である著者は地理、歴史、経済の視点から様々な日常を『生きる』をテーマに研究しています。そういった著者だからこそ、生活に密着しつつも現代人がフタをする排泄物をテーマにしたのでしょう。前述した高校生への質問をした方でもあります。

 書店を巡っている時偶然目に入ってしまった衝撃のタイトル、それとは裏腹に非常に深い内容、日本人がこれまでその宝物をどう扱ってきたのか、現代社会が忘れ去ってしまった問題を思い出すことができる1冊です。

本日の”ToDo”

①ウンコで健康チェックしよう
  アナタのウンコの状態はだいじょうぶですか?
②おいしいものをたくさん食べよう
  健康的な食事で健康的に排泄しよう
トイレ掃除をしよう
  清潔なトイレはそれだけで気持ち良い!

 アナタの心に知識というオアシスを

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