【オーケストラ】個性的すぎる”作曲者の無茶振り”楽曲5選【現代音楽】

4分間無音の音楽? 指揮者が倒れる!? あまりにもムチャな作曲者の注文の数々を紹介

 音楽はわたしたちの心を豊かにしてくれますよね。五線譜に散りばめられたおたまじゃくしは同じでも、楽器によりたくさんの響きが生まれ、作曲家たちは自らを表現するため音符を書き続けています。

 音を楽しむと書いて『音楽』と書きます。古くは自らの身体を叩く打楽器にはじまり、そのヘンの貝殻や鳥の骨を用いた吹奏楽器などがあり、遠距離コミュニケーション手段でしかなかったそれが、いつの間にか音そのものを楽しむためのツールに変化していきました。今では楽譜を用いて作曲するのが当たり前になっていますね。

 楽譜をもって曲を作る作曲家たち。だれもがオリジナリティー溢れる曲を世に送り出そうと躍起になり、楽譜のあちこちに音符をひろげ、みんなが使わないような楽器をつかったり、新しい奏法を注文したり――その歴史のなかで、作曲家のなかには突拍子もつかない注文を演奏者にすることがあります。今回はそんなアタマのぶっ飛んだ楽曲を紹介します。

音楽の常識を破ろうとした作曲者たちの工夫の数々を紹介

 アナタは普段どのような音楽を聞きますか? ピアノにヴァイオリン、ギター、多種多様な楽器があり、演奏家は楽譜を読んですばらしい音色を奏でてくれます。

 世の中には、そんなプロの演奏家をうならせたり、あるいは困惑させたりする名曲? がたくさんあります。今回は有名なものから、日本では知られてないようなマイナーなものまで幅広く紹介できればと思います。

沈黙とは『意図せぬ音が流れている状態』 ~音がない4分間~

YouTubeチャンネル、Berliner Philharmoniker(ベルリン フィルハーモニー管弦楽団):投稿動画より

 音楽は『音を楽しむ』と書きます。もしかしたら、この楽曲は音楽のひとつの到達点かもしれません。

 『4分33秒(原題:4’33”)』という楽曲があります。1952年、アメリカの作曲家『ジョン・ケージ(John Cage)』によって発表されたこの音楽は最初から最後まで無音という音楽の常識をぶっ壊すものだったのです。

 楽曲自体は3部楽章構成ですが、そこにはたったひとつの言葉しか書かれていません。

第1楽章(30秒)
  TACET
第2楽章(2分23秒)
  TACET
第3楽章(1分40秒)
  TACET

 タセット(TACET)とは『長い休みを意味する音楽記号』です。もともとは沈黙しているという意味のラテン語で、それが音楽記号として使われています。

 ジョン・ケージ氏は以前から沈黙をテーマにした楽曲を発表していました。他の作曲者によって無音区間がある楽曲はいくつか発表されていましたが、最初から最後まで完全に無音の曲は4分33秒が初めてです。

意図と反響 禅と日本人

 発表された当初、この楽曲は世界中で反響を呼びました。音楽とミュージシャンに関する百科事典『New Grove Dictionary of Music and Musicians』では「最も有名で物議を醸した作品」とされ、現在でも多くの楽団によって演奏され続けています。

 彼は1940年代、当時アメリカの大学で教鞭をとっていた『鈴木大拙』氏の講義に出席し、のこころを学んでいました。さらに、ハーバード大学の無音室(音が反響しない特殊な部屋)での奇妙な体験が、彼のインスピレーションを高めていきます。

<strong>ジョン・ケージ</strong>
ジョン・ケージ

高い音と低い音のふたつが聞こえた

<strong>担当技師</strong>
担当技師

高い方は神経の音、低い音は血液の音だよ

<strong>ジョン・ケージ</strong>
ジョン・ケージ

そうか……わたしが死んだ後も”音”は鳴り続けるんだ。音楽の未来について恐れる必要はない!

 この経験から、彼は4分33秒という後世に残る名曲を世に送り出したのです。ちなみに楽器指定がなく、そもそも演奏しないのでオーケストラでもピアノ独奏でもなんでも演奏可能です。さらに曲の長さも演奏者の好きにして良いようになっています。初心者でも安心してチャレンジできる作品ですね。

指揮者は倒れ、ティンパニはアタマから突っ込まれる

YouTubeチャンネル、Pablo Andoni Olabarría:投稿動画より

 アルゼンチン出身、ドイツで活躍した作曲家『マウリシオ・カーゲル(Mauricio Raúl Kagel)』は独特の演出を交えることで有名でした。入場の仕方、演奏中に特定の表情をすること、演奏中に他の演奏者とやりとりすることなど、いうなれば演奏家への演劇的指示が多かったのです。

 彼は音楽学校の試験に合格できなかったため、音楽関連に関しては個人レッスンを受け、作曲は独学で学びました。映画作品の作曲を担当したりなど、こういった経緯のせいか彼はどちらかというと変わった曲をつくることが多かったようです。

 1981年、オーケストラの楽曲として彼は『フィナーレ(原題:Finale)』を発表しました。そこには、指揮者へ以下のような指示が書かれています。

・突然けいれんに襲われたかのように、指揮者は腕を上げたまま固まり両肩を引き上げ左肩を上げる
・ネクタイを緩め心臓を軽くマッサージする
後ろに倒れる(頭を観客に向ける)

 まさかの指揮者がフィナーレというオチの楽曲でした。曲全体は25分弱とかなりの長さがあり、上記の指示は17分50秒ごろになります。また指揮者の解釈によって、それ以前から体調が優れないなどの演出をする場合があるなど指揮者の個性がうかがえる作品でもありますね。

 なお、その後はコンサートマスターと呼ばれる指揮者と観客側に最も近い位置に座るヴァイオリン奏者に指揮が引き継がれ最後まで演奏されます。

変化球しか投げないカーゲル作品

YouTubeチャンネル、Casa da Música:投稿動画より ポルト交響楽団 カーサ・ダ・ムジカ

 もうひとつ特徴的な楽曲を紹介。1990年から1992年にかけ、彼は『ティンパニとオーケストラのための協奏曲(原題:Konzertstück für Pauken und Orchester)』という楽曲を作曲しました。これはティンパニ奏者に注文がつけられており、なんと曲の最後にティンパニ奏者がティンパニに頭を突っ込むという正気を疑うような指示が書かれています。

 なお、楽器はどれも高価であり、さすがのカーゲル氏もそのような暴挙には引け目を感じたのか、これには打面を紙製にした別のティンパニを用意し、最後のダイビング用に備えておくという注釈があります。ただしティンパニに突っ込む際の演奏記号は『クレッシェンド → FFFFF』とあり、つまりもうとにかく鬼強く! ということなので、ティンパニ担当者は全力で紙を叩き割る必要があります。

 図解付きで指示されるこの楽曲は一見の価値ありですね。

モーツァルトの冗談 ホルンは音をはずす

YouTubeチャンネル、archiandr:投稿動画より Boris Lyatoshynsky Ensemble of Classical Music(ウクライナの楽団)より

 学校の音楽室の壁に必ず貼られている『ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)』。オーストリアを中心に活躍した18世紀を代表する音楽家ですね。

 彼は35年という短い生涯のなかで大量の曲をつくりました。あまりにも楽曲数が多いので楽曲番号が振られています。たとえばトルコ行進曲で有名なピアノ・ソナタ 第11番 イ長調は『K.492』という番号が振られています。

 今回紹介するのはK.522――1787年に発表された『音楽の冗談(原題:Ein musikalischer Spaß)』と呼ばれるものです。

 一般に「未熟な演奏者を揶揄した楽曲」とされていますが、モーツァルト自身はそう名言しておらず、その説の根拠となったこの曲の別名『村の音楽家の六重奏・農民交響曲』などはモーツァルトが没した後に名付けられたものです。

世界一難しい楽器”ホルン”

 この楽曲でメインターゲットにされてるのはホルン演奏者でしょう。ホルンは「世界一難しい金管楽器」の呼び声高く、実際2007年のギネスブックに世界一難しい金管楽器として認定されています。プロの方でも演奏がむずかしく、音のキーが4つしかないのに幅広い音域をもち、それらを口の形、息遣いなどで調整しなければならない、もうとにかく難しい楽器なのです。

 ただし音がキレイなので多くの楽曲で使われていますね。曲の楽器構成は以下の通りです。

・ヴァイオリン
・ヴィオラ
・ホルン

 ほかベースヴィオラチェロコントラバスなどがあり、時にはパートも含まれるようです。様々な違和感に溢れる楽曲ですが、とくにホルンの音程があまりにもアレな感じに設計されています。曲の3分50秒ほどにホルンの魅せ場があるのですが、そこの音程がまたなんとも――素人ですら「あ、これ音はずした」とわかるほどハッキリと間の抜けた音色が響き渡ります。

 モーツァルトはホルンに恨みでもあるのでしょうか? ――ホルンの魅せ所はことごとく音を外し、最も盛り上がるだろうフィナーレはほぼほぼ不協和音。素人でもわかるような崩壊具合で、そのほかイロイロなツッコミどころがあるようで、専門家がこの楽曲を聴くとありとあらゆる部分がおかしいという感想を抱くのだそうです。

 楽曲は全体で20分程度で、それぞれソナタ → メヌエット → アダージョ → プレストという順になります。この楽曲自体はアレですが、そんな曲すら精密に演奏しきるプロの演奏家には脱帽ですね。

新潟県立大学
 楽曲に対する評価は こちら

タイプライターは楽器

YouTubeチャンネル、Voces para la Paz(スペインの人道支援音楽家団体):投稿動画より

 1950年、アメリカの作曲家『ルロイ・アンダーソン(Leroy Anderson)』はタイプライターを楽器として活用した妙曲を発表しました。彼は「アメリカ軽音楽の偉大な巨匠のひとり」と称されています。

 曲名は『タイプライター(原題:The typewriter)』。1880年代から多くの企業で使われるようになったタイプライターは、パソコンが浸透する20世紀末まで第一線で活躍していました。1950年といえばタイプライター全盛期といっても過言ではありませんね。

 当時の企業戦士たちの戦いに何かを感じたのでしょうか? ――タイプライターには以下みっつの音があります。

タイプ音
  → 基本のドラム音として使われる
印字位置を手動で戻す音
  → アクセントに使われる
ベルの音
  → 改行位置を伝える音。本来内蔵だが
    楽曲として使う場合別でボタン式ベルが用意される

オーケストラの中にタイプライター

 使用楽器はタイプライターの他にヴァイオリンフルートなどの弦楽器吹奏楽など、透明で澄んだ高音が響きます。

 全体で1分50秒と短い楽曲ですが、タイプライターを楽器として使うインパクトは絶大で、今まで映画のワンシーンやテレビコマーシャル、ドラマのBGMなど多くの場面で使われています。

実際に”タイプライター”が使用されたコメディ映画

Bitly

卓球しようぜ!

YouTubeチャンネル、Andy Akiho(作曲者本人):投稿動画より

 アメリカの作曲家であり演奏家でもある『アンディ・アキホ(Andy Akiho)』氏は、1979年生まれで現役バリバリの現代クラシック音楽家です。

 彼はパーカッショニストとして活躍し、打楽器を主役にした多くの楽曲を世に生み出しました。

 タイトルは『跳弾(Ricochet)』別名ピンポン協奏曲(Ping-Pong Concerto)と呼ばれ、2015年に発表され、彼の公式YouTubeチャンネルでも公開されています(上記)

 楽曲は全体で25分弱の演奏時間。必要な楽器はヴァイオリン(ソロ)パーカッション(ソロ)オーケストラ。そして卓球プレイヤーがふたりです。

 書き間違いではなく、実際に卓球プレイヤーがふたり必要なのです。いったいどのような楽曲なのでしょうか?

気づいたら卓球やってた

 はじめはヴァイオリンによる独奏からはじまります。やや緊張した雰囲気でピチカート(弦を弾く演奏法)が目立ちますが、ここまではピンポンの気配はまったくありません。

 なんだ、ただの弦楽器協奏曲じゃないか――ヴァイオリンだけを見ればそうなのですが、指揮者が立つ位置と観客の間になぜか卓球台があります

 卓球台があるんです。なぜか。

 2分間ほどおとなしく()ヴァイオリンの独奏を聞いていたら突然の破裂音と共に、卓球台をあらゆる手段で叩きまくる奏者の姿があります。しかもその台には意味深なワインボトルが――ワインボトルといえば、よく映画で打楽器凶器として使われるようなシロモノですよね。

 そして唐突に行われ始める卓球。このあたりから「わたしは何を見せられているんだろう?」と思ったのですが、アナタはどんな感想をもちましたか? 実際に動画を確認してみてください。ちなみにこの後タンバリンで卓球しはじめます

 あとワイングラスで卓球します

 さらに観客にピンポン玉をぶちかましたりします。記念として持ち帰っていいのでしょうか?

 その後も金属の板に当てたり大きな太鼓(コンサートバスドラム)めがけて打ったりなどエクストリーム卓球が繰り広げられ、最後にはボールがみっちり詰め込まれたケースをそのまま卓球台へダイブ! 凄まじい音とともにボールが跳ねては転がっていき、これでRicochetは終幕となります。

 アンディ・アキホは日系アメリカ人です。彼自身の公式サイトがあり、日々最新情報を提供しています。

アンディ・アキホ公式ウェブサイト
 公式トップページは こちら

 作曲家は自分自身のイメージを表現したり、聴く人の心を揺さぶろうとしたり、ときには意表を突く方法でわたしたち聴く人を驚かせてくれます。音楽なのに音がない、ジョーク混じりの楽曲、はたまた楽器と思えないようなモノを楽器に使うなどほんとうに多種多様ですね。

 音を楽しむ。これは人間が開拓した娯楽です。犬や猫にとって音楽は雑音でしかないかもしれないし、その逆かもしれない。わたしたちはわたしたちが「たのしい!」と思える音楽を聴いて、たのしんで、みんなとその喜びを分かち合っていきたいですね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました