ふつうの人間が”悪魔”になる スタンフォード監獄実験の内容や反論について解説
スタンフォード監獄実験とは1971年、スタンフォード大学にて実際に行われた実験です。社会心理学における『権力』に関する実験として有名で、この実験によって『人間は権力をもつと、個々の性格に関わらず支配的になり、権力者に対しては服従的になる』ことが明らかになりました。実験内容を要約すると以下の通りです。
・学生参加者を”看守役“と”囚人役“に分けた
・2週間の間、実際の刑務所に見立てた場所で生活してもらうはずだった
たったこれだけのことですが、はじめは戸惑っていた看守役の生徒たちは徐々に攻撃的になり、囚人役に非人道的ともとれる行動をいとも簡単に行使するようになったのです。実験者であるアメリカ出身の社会心理学者『フィリップ・ジンバルドー』の名を冠して『ジンバルドー実験』とも呼ばれており、2015年にはこれを直接のモチーフとして映画化されるほど大きな影響を及ぼしました。彼自身もこの実験に関する著作を出版しています。
今回はそんな『スタンフォード監獄実験』について書いていこうと思います。
人間の心は環境によって変わる 実験が明かした人がもつ”心の闇”
スタンフォード監獄実験は別名『ジンバルドー実験』と呼ばれています。アメリカ出身の社会心理学『フィリップ・ジンバルドー』氏はアメリカのイェール大学で博士号を取得、アメリカ心理学会の会長を務めていたほどの方で、ジンバルドー実験は多方面から批判を浴びつつも後世に多大な影響を及ぼしました。
実験の準備段階からヤバかったスタンフォード監獄実験
実験が行われたのは1971年です。スタンフォード大学はアメリカの海軍研究所から助成金を受けこの実験に乗り出しました。新聞広告などで応募してきた人から男子大学生24人を選定し、1日15ドルという条件のもと実験に参加してもらったようです。日給1600円程度ですが、当時はたいへん高給なアルバイトです。
24人の参加者たちはまず『12人の看守役』と『12人の囚人役』に割り振られます。逮捕歴、病歴などに問題なくクリアした参加者たちに実験内容を伝えた後、8月15日にいよいよ実験開始です。
実験において、ある役割を演じることを『ロールプレイ』などと呼びますがこの実験ははじめからすごかった! なんと囚人役の学生を自宅の近所で実際に逮捕させるところから始まります。ドラマとかでよくある「アナタには黙秘権があります~」などの文言もきちんと読み上げられたようです。指紋採取に写真撮影にパトカーで連行するまでの徹底ぶり、ちなみに罪状は『(武装)強盗』でした。
もちろん、この光景は衆目にさらされています。
そこから刑務所へ送られることになるのですが、舞台となる刑務所はさすがに本物を使えるわけではなくスタンフォード大学の地下施設を利用することになります。ジンバルドー氏は『刑務所長』という立場で実験に参加し、看守と囚人の間を取り持つ役柄をロールしていました。
さて、ここでひとつ看守と囚人の差をまとめてみましょう。
看守
・1日8時間の交代制、休息のためのリラクゼーションルームも存在
・看守服にサングラス、笛、警棒、手錠、鍵
囚人
・1日24時間、黒い壁に覆われ、照明もなく、ベッドだけの3人部屋で過ごす
・囚人服を着せられ個別の番号で呼ばれる
・食事は決まった時間、トイレは看守に許可を得る
・囚人規則に従って生活する
・片足に鎖がかけられ重りが繋がれている
囚人側の立場を考えると、ふつうにこの環境で2週間生活するだけでも辛そうなものですが、本当に過酷なものになったのはこの後からです。
悪化する実験環境
実験初日、スタンフォード監獄に連れられた囚人は裸にされ、害虫駆除などの処理のうえ私物を取り上げられます。実験初日から囚人としての扱いに怒りを覚えたのか、2日目から事件が発生します。
午前2時30分、看守が出した笛の音に囚人が猛反発しました。不満を看守にぶつけますが、看守はそれを聞き入れず逆に消化器や警棒などで看守を制御します。それからも看守の『制御』は過激になっていき、囚人に対し差別したり、トイレの許可を与えなかったりバケツにするよう指示したり、ベッドを奪ったりとありとあらゆる『権力』を行使しました。
あるひとりの囚人は精神に異常をきたし2日目にして退場することになるほどです。ちなみに、看守役は前日に『身体的被害を加えない』、『法と秩序を守る』などのレクチャーを受けています。
実験の崩壊
転換を迎えたのは5日目のことです。囚人役の家族などが面会に訪れる予定でしたが会えたのはたった1人だけ。一部の両親は弁護士に依頼するなど大きな問題に発展。さらに、当時博士号を取得したばかりで、後にジンバルドーの妻となるアメリカの社会心理学者『クリスティーナ・マスラック』が惨状を目の当たりにしジンバルドーを強く非難。実験の中断を訴え、翌日の8月20日、実験は6日間で中断することになりました。
看守役のなかには「話が違う!」と続行を要求する人もいたそうです。
その後
6日間で実験は終了しましたが、大学側は14日間の報酬(240ドル)を支払ったようです。実験参加者をすべて集め中止を発表。研究結果の報告やそれぞれの参加者の面談、会話を行い、囚人を演じた人のなかには精神的に不安定になっている人もいたので、彼らに対するカウンセリングなどのアフターケアも行いました。
この実験で得られた結果は『個人の性格特性ではなく、刑務所という場所とそれぞれの役割という“環境“によって参加者がこれらの行動を起こした』ということです。初心者にわかりやすく心理学の用語を解説する著書『図解 心理学用語大全 人物と用語でたどる心の学問』では『権力を与えられただけでその人の理性が破綻してしまう』と書かれています。
これは人間社会の『権力』の大きさと恐ろしさを示す実験として大きく知られ、また実験内容の凄惨さに倫理的側面を孕む問題としても取り上げられました。スタンフォード監獄実験を機に、アメリカの刑務所の運営方法が変化する流れに繋がります。
反論・その他
YouTubeチャンネル、Vsauce:投稿動画より。実験参加者やジンバルドー氏も出演しています
スタンフォード監獄実験には様々な反論があります。そのなかでも最も有名なものはやらせだということ。ジンバルドー氏がわざと看守役を焚き付け、囚人らに厳しい処置をさせたのだという説です。これに関してジンバルドー氏は否定していますが、未だにこの説が根強いのは『実験者効果』によるものが大きいですね。
実験者効果は『実験者が意図せず被験者に影響を及ぼしてしまう効果』です。たとえば、ある実験をする時に被験者が「実験者が望むような結果を残そう!」と考えることも珍しくありません。だからこそ心理学の実験ではウソの目的を説明し、本来の目的を明かさず人間心理を観察する場面が多いです。
また、その後の心理学的実験によって、人間の倫理的行動は本人の性格と環境が複合的に絡まるという事実も判明しました。スタンフォード監獄実験と同じような『環境』を用意したとしても、人によってそういった行動に走るかどうかは差がある研究結果がたくさんあります。これは心理学研究のジャンルのひとつである『犯罪心理学』でも大きな問題として取り上げられています。
人間は環境に左右されやすい性質をもちます。それと同時に個々の性格や気質も強く影響するのです。人間の心はとても複雑でひと言で言い表すことはできませんが、いずれ心理学研究が進むことで「心とはなにか?」という疑問の真髄に触れる時が訪れるのかもしれませんね。
これらの実験を基にしたフィクション作品は多々ありますが、2015年に公開されたアメリカのスリラー映画『プリズン・エクスペリメント』はノンフィクション形式で映画化しています。それぞれの登場人物がいかにして心理的変化をしていったのか、気になる方はぜひご視聴してみてはいかがでしょうか?
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